DOCTOR
監修医紹介
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監修医紹介
医療法人 佑 理事長 SINGA宝塚クリニック 院長
林 博文はやし ひろぶみ
経歴
- 18歳で母親をがんで亡くし、その経験から医療の世界への道を志向
- 大阪大学薬学科修士課程を修了し、製薬会社にて研究員としてのキャリアをスタート
- 製薬会社での限界を感じ、30歳で奈良県立医科大学へ入学、医師へ転向
- 放射線科に従事、スカウトされ緩和医療分野へ
- 既存のアプローチに疑問を感じ、代替医療の可能性を探求し検証
- 余命数か月と診断された患者さんを1年半後には歩いて退院させる事を経験
ナノバブルサプリメントの製品化に至るまでの経緯
がん活性消滅療法学会の懇親会の席上で2019年に低酸素誘導因子(HIF-1)が、がんの悪性化に関与していることが分かったという研究がノーベル賞を取ったことが話題に上り、低酸素を解消できるものはないか議論していたときにナノバブルという技術を知り、臨床での検証を開始。
臨床で使用できる納得のいくものができたため、院内調剤薬として酸素ナノバブルと水素ナノバブルを臨床で採用開始。
その後、息子である私が、多くの方に有益であると確信し製造メーカーを立ち上げ
略歴
STORY
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昭和52年
18歳で母親をがんで亡くし、薬学部に進学。
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昭和60年
大阪大学薬学科修士課程修了後、製薬会社の研究員になる。
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平成元年
製薬会社では患者さんにできることに限界があると感じ、医師への転向を決意し、奈良県立医大に入学する。
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平成7年
末期がんで痛みに苦しんでいた母親に何もできなかった思いから、当時日本にはなかった緩和医療という分野を行うため、淀川キリスト教病院に入職。全てのがんを診るためにローテイト研修後、放射線科を選択。
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平成11年
放射線科での研修の途中
福岡の緩和医療で有名だった、下稲葉先生にスカウトされ福岡へ。
福岡で緩和医療に取り組んでいたが、死を意識しながらも少しでも可能性があるものを探すのが患者心理なのにも関わらず、そこに対してのアプローチが無いことに疑問を抱き様々な代替医療を検証し、独自に患者さんに提供していた。
その中で、ストレッチャーで運ばれてきた余命数か月の寝たきりの患者さん(Wさん)を
1年半後、歩いて退院させる経験をした。
その経験から、患者さんにプラスになる可能性が少しでもあることなら、
何でも研究・検証し取り入れる姿勢が生まれた。
ただ死を待たせるだけの医療は医者がやることじゃないと感じ、大阪へ帰る。
大阪へ帰った翌年、海外旅行帰りだというWさん偶然の奇跡的な再会。 -
平成14年
Wさんと元気な姿で再会した感動と、以前からホスピスの立ち上げに誘われていたこともあり、代替医療ができるホスピスにするという条件で湯川秀樹博士(日本人初のノーベル物理学賞受賞者)の親族の病院でホスピスの立ち上げを行う。
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平成18年
ホスピスで働きながら先輩医師のクリニックで、休日に診察枠を借りて代替医療を実践していたが、治療の選択肢を広げるために現在のクリニック(SINGA宝塚クリニック)を開業。
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平成28年
医療法人 佑 設立
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